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山本ビニターの歴史
飛躍期(1977年~1996年頃)

人間だけは温めたことがなかったが…

人間だけは温めたことがなかったが…

人間だけは温めたことがなかったが…

1977(昭和52)年、私たちは京都大学医学部の菅原努放射線基礎医学教授を訪ねました。がん細胞に熱を加えて治療する装置の開発を、大手電機メーカーに断られたという話を聞いて「これこそ山本ビニターの仕事だ」と直感し、名刺だけを携えてのアポイントなしの訪問でした。
 「当社は木材も金属もいろいろ温めた経験がありますが、人間だけは経験がありません。しかし、私どもの技術を応用すれば人間だって温められるはずです」。
 ここに、小型高周波加熱装置を応用したがん温熱治療機の共同開発が始まったのです。
 木材やビニールのように均質な物質を温めるのとは違い、人体という複雑な組織の、しかもがん細胞だけを狙って加熱する…。想像もつなかい難しさの連続。何度も試作機を作り、細胞や動物での実験を経て、ついに1979(昭和54)年、生体の加温実験に使うことができる本格的な加温装置「RFハイパーサーミア装置1号機」が完成しました。

強い思いが完成させたサーモトロン

強い思いが完成させたサーモトロン

強い思いが完成させたサーモトロン

強い思いが完成させたサーモトロン

新鋭機を投入するたびに、京都大学や国立がんセンターその他の医療現場での期待は高まり、さらに要求水準が上がる。それをクリアした装置を開発するとまた高い要望が帰ってくるという繰り返し。開発開始から8年、年間売上高に匹敵するほどの膨大な開発費を投じ、たとえ開発に成功しても事業となる保証もないという状態でしたが、すべての社員がこの社会的使命を前に途中で引き下がれないという熱い思いで開発に取り組み続けました。

また、科学技術庁の外郭団体、財団法人新技術開発事業団(当時)からもこの温熱治療への強い関心が寄せられ、開発費の援助を受けることができました。
こうした期待に応え、1983(昭和58)年、ついに「サーモトロン-RF8」の治験用試作機が完成されたのです。

その4号機は人体深部の加温を実現、性能・機能の飛躍的な進歩を遂げたものでした。厚生省の製造承認を取得すべくただちに京都大学など7病院で治験が開始され、1984(昭和59)年には念願の医療器具として正式承認されたのです。これは我が国最初であるだけではなく、世界にも例を見ないものでした。
翌年には新技術開発事業団より「高周波加温療法用治療装置・サーモトロン-RF8」の開発成功が発表されるや、テレビや新聞などのマスコミも一斉にこれを報じ茶の間に大きな衝撃を与えることとなりました。

ヒューマンテクノロジーで新たなフェーズへ

ヒューマンテクノロジーで新たなフェーズへ

ヒューマンテクノロジーで新たなフェーズへ

ヒューマンテクノロジーで新たなフェーズへ

サーモトロン-RF8は東京大学や京都大学をはじめとする各大学付属病院などに相次いで採用され、設置台数は増え続けています。その評判は開発中から海外にも伝わり、1983(昭和58)年には早くもアメリカのデューク大学メディカルセンターに第一号の輸出を行うこととなりました。その後、インド、韓国、シンガポール、中国など世界各国に輸出され、がん治療の新たな福音となっています。

ビニール業界の優良企業から、先端技術を駆使して社会に貢献する開発主導型企業へ。山本ビニターは新たなフェーズに進んでいきました。1992(平成4)年には第4回『パイオニア・オブ・ザ・イヤー』に選ばれることとなります。
高まる社会的評価と企業イメージの変化に対応し、同年、それまでの「VINYTER」から「VINITA」に変更。ロゴマークを一新しました。読みやすくシンプルに、そして社是「常に一歩前進」の精神をこめるために、末尾を前進を意味する「A」にしました。

新たに「人間に温かいハイテクノロジー」という企業スローガンが掲げられました。人とその暮らしに役立つ、自然や環境、人に優しい技術「ヒューマンテクノロジー」を目指すことを表現したものです。高周波を中心とした加熱技術により、ものを温めるだけでなく、社会に貢献し人の心も温かくしたいという願いがこめられていました。